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2009/06/20

僕にも弾けた!


ということでファッション業界に身を置く者として触れずにはいられません。
三沢選手が「田園に死す」が如くリングに死す。リング上で死んでしまったのはオーエンハート以来か?
ハヤブサの事故、冬木、橋本の逝去と続いてショッキングです。
東スポの1面こりゃまずいよ。バックドロップ食らった直後のアップだもの。目見開いちゃってるし。もっとショッキングな週プロ。担架に乗せられ会場から搬出される際の写真が身体の色が変色しちゃっててこれはダイレクトすぎる・・・

個人的には幼少期から学生時代まで新日本シンパでしたが実際に足を運んだ興行は何故か全日が多かった気がします。

ちなみに三沢タイガーは当時活躍してません。当時だれも認めてませんでした。佐山の後の2代目タイガーを見て幻滅したのが当時のプロレス客の世論。一番わかってたのは三沢本人のはず。これは後にインタビューでも本人がマスクを脱ぐまでの葛藤を語ってます。
マスク脱いでから三沢は上へ登りつめていったわけです。
国を憂う右翼思想家、皇帝佐山氏(初代タイガーマスク)も述べています。
http://tigermask.eplus2.jp/article/121631973.html

新日本は全日本に2代目タイガーマスク(三沢)を持っていかれたに代わりに新キャラ「ザ・コブラ」を生み出すわけです。期待を寄せたわけですよ。アダスたちは。そして見事期待にこたえることなくザ・コブラことジョージ高野はしょっぱかった・・・猪木イズムであったw というよりやはり佐山が天才過ぎた。

てなことで、はじめてみましたよコレ。流出物。
1990年東京ドーム、坂口が馬場に懇願して新日本と全日本の対抗戦。
天龍はさすが、いいぞw
そして自爆職人ジョージ高野と三沢が当時の「しょっぱさ」を体現してます。

合掌。あの世で橋本と三沢でZERO-ONE旗揚げ戦の続きを。

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